日本が高度経済成長に拍車がかかった、今からちょうど50年前。昭和37(1962)年1月21日に当館は大阪環状線開通記念事業として「交通科学館」の名で開館しました。

昭和30年・40年代のコウハク家

昭和が「激動の時代」と言われていますが、この頃の交通事情もマイカーが増え、昭和39(1964)年には東海道新幹線が開業。翌年には、名神高速道路が全線開業と、社会だけでなく交通事情も「激動の時代」の真っただ中でした。「これからいったいどんな乗り物が登場するのだろう?」という今とは一味違う夢のあった時代に当館が開館し、以来50年間、乗り物の歴史や魅力などを広く伝え続けてきました。本展では、当館が開館した頃、特に昭和30年から40年にかけてどのような乗り物が登場し、人々の生活の中で利用されてきたのかを、架空の「コウハク家」の目線でご紹介します。

  • 昭和30年代という時代
  • 昭和40年代という時代

昭和30年代という時代

昭和31(1956)年。物価は安定し、日本経済が回復の兆しを見せてきた時期。昭和30年代は、「東京タワー」や食生活の革命とも言える即席ラーメンなど、毎年のように新しいものが登場した。また、この時代をあらわすのが、三種の神器といわれる「白黒テレビ」「洗濯機」「冷蔵庫」だ。これらは、努力すれば手が届くものであり、新しい時代の象徴であった。この昭和30年代から40年代にかけて、人々はどのような乗り物に憧れ、関わり、生活をしていたのだろうか。

(写真) 首都高速と並走する開業当時の新幹線電車 昭和39(1964)年

昭和33(1958)年
日帰り可能! ビジネス特急「こだま」

昭和33(1958)年に電車特急151系「こだま」が登場。これまで機関車が牽引する「つばめ」「はと」で東京―大阪間が7時間30分かかっていたのが、6時間50分となり、昭和35(1960)年には6時間30分まで短縮され、東京―大阪間の日帰りが可能に。

(写真) 大阪駅での特急「こだま」出発式 昭和33(1958)年

昭和34(1959)年
155系修学旅行専用電車「きぼう・ひので」

戦後、修学旅行が再開されたが、修学旅行が春や秋の一定期間に、京都・奈良・東京を中心に集中したため、東海道本線は混雑を極めた。この混雑緩和のために、昭和34(1959)年に修学旅行専用列車として、155系電車「きぼう(関西発東京行)」「ひので(東京発関西行)」が誕生した。

(写真) 155系修学旅行用電車室内 昭和35(1960)年

昭和35(1960)年
客船で別府へ〜関西汽船の黄金時代〜

昭和17(1942)年に発足し、戦後、日本の客船界の花形の役割を担ったといえるのが、関西汽船。「ドル箱航路」といわれた別府航路(阪神―別府)では特に多くの乗客でにぎわい、昭和35(1960)年には、「くれない丸」「むらさき丸」など3,000トン級の大型客船も新造されるほど人気の航路であった。

(写真) 絵葉書「るり丸」

昭和38(1963)年
初の国産旅客機「YS-11型旅客機」

昭和32(1957)年度予算でYS-11の開発事業が認められ、本格的に国産機の開発がスタートした。昭和36(1961)年には試作機が完成、翌年には初飛行が実現した。昭和38(1963)年にYS-11は量産機として製造が開始され、昭和48(1973)年の生産終了までに182機が世に送り出された。

(写真)YS-11型旅客機

昭和39(1964)年
夢の超特急「0系新幹線電車」の登場

オリンピックの開会式の10日前、昭和39(1964)年10月1日に東海道新幹線が開業し、世界で初めて時速200kmを超える速度で走る、0系新幹線電車が登場した。登場時は東京―新大阪を「超特急ひかり」で4時間、翌年には3時間10分まで短縮された。

(写真) 東海道新幹線開業式 昭和39(1964)年

昭和40年代という時代

昭和39(1964)年に東海道新幹線が開業し、東京オリンピックという世界中が注目するビッグイベントも成功させ、日本は世界の信用を得るとともに、目覚しい経済発展を遂げていった。昭和42(1967)年の「国民経済白書」によると、国民の約半数が自分を「中流」と意識しており、翌年には国民総生産が世界第二位にまでなった。「新三種の神器」と言われる、「カー」「クーラー」「カラーテレビ」が普及し、日本一高い「霞が関ビル」が完成するなど、超高層ビル化が始まり、新しい時代の幕開けを予感させた。

昭和40(1965)年
昭和40年代の空の旅行

昭和39(1964)年に海外旅行が自由化されたが、当時の所得水準や物価からすれば、まだまだ「高嶺の花」の海外旅行。昭和40(1965)年に「お支払いは帰ってから月賦で」をキャッチフレーズにした「ジャルパック」が登場した。

(写真) 日本航空のパンフレット「日本の翼」

昭和41(1966)年
カローラ

昭和41(1966)年、トヨタ自動車から価格やスタイル、性能などは伏せられたまま、「カローラ」が発表された。この実態を明らかにしない広告キャンペーンはかえって世間の関心を引き、「カローラ」は他社の乗用車と比べると価格はやや高めであったが、発売と同時に瞬く間に時代の主役ともいえる量産車となっていった。

(写真) トヨタ・カローラのパンフレット

昭和42(1967)年
世界初の寝台電車特急「月光」

昭和42(1967)年に大阪―博多間を結ぶ581系「月光」が登場。昼は座席車、夜は寝台車として使用できる世界初の寝台電車特急として、観光客だけでなくビジネス客にも好評を受けた。

(写真) 特急「月光」 運転開始記念券

昭和45(1970)年
ジャンボ登場 〜ボーイング747〜

ジェット機といえば乗客数が150人〜200人位のダグラスDC-8が主流だったが、昭和45(1970)年に日本航空のロサンゼルス―ホノルル線にボーイング747「ジャンボジェット」が登場した。座席数は350席〜450席程。これにより団体用の大幅な割引運賃も可能になり、海外旅行のブームを生んだ。

(写真) 日航に投入された頃のボーイング747

国鉄の万博輸送大作戦

大阪万博が開催された昭和45(1970)年、日本各地から大阪への移動には国鉄(現・JR各社)が利用されていた。そのため12両編成であった東海道新幹線(東京―新大阪間)の「ひかり」号を昭和44年(1969)年から順次に16両編成としていき、「こだま」号も増発された。

(写真) 万博のマークが付けられた新幹線での輸送の様子 昭和45(1970)年頃

昭和47(1970)年
新たな鉄道サービスの登場〜レジャーブーム!

平均所得が年々増加し、レジャーなどを楽しむ余裕が出てきた昭和40年代、鉄道にも快適さが求められ、様々な特急列車やサービスが登場した。昭和44(1969)年には等級制が廃止される一方、グリーン車が登場した。昭和47(1972)年には山陽新幹線、新大阪―岡山間が開業した。

(写真) 山陽新幹線岡山開業式 テープカットの様子 昭和47(1972)年

この他にも様々な乗り物が活躍した様子を紹介しています。

「コウハク家の歴史」の様子

ただ今、交通科学博物館ではコウハク家の居間を再現するなど、乗り物だけでなく開館当時の昭和30年、40年代の一般的な家庭の様子も紹介しています。その他、乗 り物の運賃、自動車の価格を紹介したり、「衣」・「食」・「遊」をテーマに当時流行したモノや文化を各コーナーで多数展示しています。

「コウハク家の歴史」展示ブースのご紹介

  • コウハク家の居間

    昔懐かしい駄菓子屋、そして、その奥に広がる居間を、当時の雰囲気そのままに再現展示しています。陳列された商品など、細部までこだわっています。

    コウハク家居間
  • 懐かしのワンフレーズ

    当時、テレビから流れてた懐かしのワンフレーズが楽しめます。テーブルの上に並んだボタンを押すと、流行したドラマやアニメなどのテーマ曲を聞くことができます。

    懐かしのワンフレーズ
  • 「スバル360」実物展示

    乗用車といえば「庶民に手が届かない高級車」という、当時の概念を取り払ったスバル360の実物車両を展示しています。様々なアングルからスバル360が楽しめます。

    スバル360
  • 鉄道のある街並み(ジオラマ)

    昭和30年〜40年頃の鉄道のある街並みを、ジオラマで再現しています。

    街並みジオラマ
【関連展示】昭和30〜40年代 港区メモリー 〜 交通科学館が開館したあの頃 〜 場所:エントランス・ギャラリー
企画展の開催に合わせ、当館が所在している大阪市港区とその周辺における、
大阪市電、大阪環状線、地下鉄中央線、弁天ふ頭、港大橋の様子など、昭和30〜40年代当時の交通の様子を写真やパネルで紹介します。
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