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「京」から「なにわ」へVol.1〜京都―大阪間交通の移り変わり〜

三十石船の乗船場

三十石船の乗船場は京の伏見と大坂に各4カ所ありました。乗船場には船宿が軒を連ね、江戸時代後期には各々25件の船宿がありました。
 
京 (伏見): 京橋、蓬莱橋、阿波橋、平戸橋
大坂: 八軒家、道頓堀、東横掘、淀屋橋
「浪花名所図絵『八けん屋着船之図』」
安藤広重 天保5 (1834) 年頃
三十石船の乗船場の1つである大坂の八軒家が描かれています。八軒屋は天神橋と天満橋の中間南岸あたりを指し、大坂の水上交通の拠点として栄えました。
「浪花百景『八軒屋夕景』」
安政年間 (1854〜1860)
江戸時代末頃の大坂八軒屋の様子が描かれています。