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「京」から「なにわ」へVol.1〜京都―大阪間交通の移り変わり〜

京街道

江戸時代に淀川と並んで京―大坂を結ぶ交通路として利用されたのは「京街道」と呼ばれる街道でした。京街道は豊臣秀吉が、慶長元 (1596) 年に淀川左岸沿いの京―大坂間に築いた「文禄堤」の上を道として利用したもので、京と大坂を直通する初めての道となりました。江戸時代になると宿駅が設置され主に大坂から京都へ向かう際に利用され、明治時代には国道となりました。

京街道には伏見、淀、枚方、守口に宿駅が設けられ、大名行列の武士をはじめたくさんの旅人に利用されました。紀州藩の大名行列が通ったこともありましたが、京街道の利用は、大坂から京へ向かういわゆる「上り」の利用がほとんどでした。これは多くの人が京から大坂へは淀川の舟運を利用したためで、京街道の宿は片道だけ利用され「片宿」と呼ばれました。